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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)3105号 判決

原告

株式会社辰巳商会

右代表者代表取締役

高森昭

右訴訟代理人弁護士

森恕

鶴田正信

被告

森本太郎

石井正弘

トヨ産業合資会社

右代表者無限責任社員

森本太郎

右三名訴訟代理人弁護士

三笠禎介

高川俊二郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二億五八九五万円及びこれに対する被告森本太郎及び被告石井正弘については平成元年四月二〇日から支払済みまで、被告トヨ産業合資会社については同年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告は、大阪市港区築港四丁目一番一号に本店を置き、海上運送事業、港湾運送事業等を主たる目的とする会社である。

(二) 被告森本太郎(以下「被告森本」という。)は、昭和四五年一一月から昭和六三年八月まで、日本国際輸送株式会社(以下「日本国際輸送」という。)の代表取締役であったものである。

被告石井正弘(以下「被告石井」という。)は、被告森本の友人で、昭和六一年当時代々木産業有限会社の代表者であり、以下のとおり本件日本国際輸送の株式売買に関与したものである。

被告トヨ産業合資会社(昭和六一年五月三〇日付変更前の商号、登産業合資会社。以下「被告トヨ産業」という。)は、被告森本が代表社員に就任している会社である。

2  本件売買契約

原告は、昭和六一年三月一一日、東和運輸倉庫株式会社から日本国際輸送の株式一七万株を代金一億二〇〇万円で、被告森本から同株式八万五五〇〇株を代金七六九五万円で、被告トヨ産業から同株式八万九七〇〇株を代金八〇〇〇万円でそれぞれ買い受ける旨の各売買契約を締結した(以下「本件売買契約」と総称する。)。

原告は、右各売買契約に基づき、東和運輸倉庫株式会社に対し右同日代金一億二〇〇万円を、被告森本に対し同年三月一七日代金七六九五万円を、被告トヨ産業に対し同年四月一〇日代金八〇〇〇万円をそれぞれ支払った。

3  不法行為

(一) 当時原告の代表者であった藤堂幾蔵(以下「藤堂」という。)は、昭和六〇年の暮れから昭和六一年の初めにかけて被告森本と二、三回会談し、同人から日本国際輸送の株式を買い取るよう要請を受けた。その中で被告森本は藤堂に対し、日本国際輸送の経理、営業の内容を示すものとして同社の貸借対照表兼実資力算定表(〈書証番号略〉、以下「本件実資力算定表」という。)及び決算報告書等の資料を交付したのであるが、右実資力算定表では、日本国際輸送の実態としての純資産(貸借対照表中の純資産に含み資産を加え、不良資産を減じたもの)が金三億七五一〇万七〇〇〇円の黒字とされていた。

原告は、被告森本が交付した右資料とこれに基づく同人の説明を信頼して一株あたり金七五〇円で日本国際輸送の株式を譲り受けることとし、本件売買契約を締結することとした。

(二) しかしながら、本件実資力算定表には、以下に例示するとおり虚偽の記載ないし不当な処理がなされており、実際には、同算定表中に含み資産として計上されているものをそのとおり加算したとしても、昭和六一年二月未日時点における日本国際輸送の実態は金三億七八〇五万六〇〇〇円の債務超過となっていた(その計算の明細は〈書証番号略〉のとおりである。)。

(1) 本件実資力算定表では不良資産が金六億六四八五万二〇〇〇円とされているが、実際には、営業未収金についての回収見込み等を適切に評価すれば、昭和六一年二月現在で金八億六三二八万四〇〇〇円の不良資産があった。

(2) 負債の部に当然計上すべきである賞与引当金六七〇〇万円及び退職給与引当金三億五一八七万七〇〇〇円が計上されていなかった。

(3) 決算調整の名目で、架空の売上金一億六〇〇二万六〇〇〇円が計上されていた。

(4) 法人税等の税金の支払いを仮払金として処理していた。

(三) 日本国際輸送は、累年の業績の悪化と資金繰りの悪化による経営の行き詰まりにより、本件売買契約が締結された昭和六一年三月当時には客観的に見て倒産することが明らかな会社であった。また、少なくとも一株あたり金七五〇円の価値のない会社であった。

にもかかわらず被告森本は、右の事実を秘し、虚偽の内容を記載した本件実資力算定表を原告に交付して日本国際輸送の資産状況につき原告を欺罔し、原告をして日本国際輸送の株式があたかも一株あたり金七五〇円で購入する価値のあるもののように誤信させて本件売買契約を締結し、その売買代金を騙取した。

(四) 被告トヨ産業は、昭和六一年三月当時、被告森本の妻正子が形式的に代表社員となっていたが、実質的には被告森本が経営支配していた会社であって、被告森本の右不法行為につき被告森本とともに実行行為者としての責任がある。

被告石井は、被告森本を強力に支えている最大の協力者で、被告森本を藤堂に結び付け、両者の会談の大部分に同席し、また、日本国際輸送の経営の実態についても十分知悉していたのであるから、被告森本の右不法行為を幇助したものである。

4  仮に被告らの行為が詐欺に該当するまでのものではないとしても、被告らには、売主として株式の価値(実質的には日本国際輸送の純資産価値の実態)を正確に開示説明する信義則上の義務があるところ、これを怠った過失がある。

5  損害

日本国際輸送は、昭和六一年七月七日、横浜地方裁判所に会社更生手続開始の申立をなし、同裁判所昭和六一年ミ第三号会社更生事件として係属し、同年一二月三日、同裁判所により更生手続開始の決定がなされ、右更生手続において更生計画案が認可された。その結果、同社の株式は一〇〇パーセント減資され、原告は、本件売買契約に基づき被告森本らに支払った代金合計金二億五八九五万円について全く回収できなくなり、同額の損害を被った。

6  よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として金二億五八九五万円及びこれに対する遅滞後である訴状送達の翌日(被告森本及び石井については平成元年四月二〇日、被告トヨ産業合資会社については同年五月一三日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(本件売買契約)の事実のうち、被告森本及び被告トヨ産業との売買契約締結日が昭和六一年三月一一日であること、被告森本の譲渡株式数が八万五五〇〇株であることは否認し、その余は認める。右八万五五〇〇株の売買は被告森本外一三名を売主とするもので、その契約締結日は同年三月一七日であり、また、被告トヨ産業との売買契約締結日は同年四月一〇日である。

3  同3のうち、(一)の事実のうち、被告森本と藤堂の面談した時期が昭和六〇年の暮れから昭和六一年の初めにかけてであること及び被告森本が原告に対し本件株式の買い取りを要請したことは否認し、原告が、被告森本の交付した資料とこれに基づく同人の説明を信頼したことは不知、その余は認める。

(二)の事実のうち、本件実資力算定表につき、賞与引当金及び退職給与引当金が計上されていなかったこと、決算調整の名目で架空の売上金一億六〇〇二万六〇〇〇円が計上されていたこと、法人税の支払いが仮払金として処理されていたことは認め、その余の事実は否認する。

(三)の事実は否認する。

(四)の事実のうち、被告トヨ産業の代表社員が昭和六一年三月当時被告森本の妻正子であったこと、被告石井が本件売買契約に至る交渉に同席したことは認め、その余は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実のうち、日本国際輸送が昭和六一年七月七日会社更生手続開始の申立をなし、横浜地方裁判所により会社更生手続開始の決定がなされたこと、右更生手続において同社の株式が一〇〇パーセント減資されたことは認め、その余は争う。

三  被告らの主張

1  本件売買契約の経緯

本件売買契約は、かねてより関東地区への進出を企図していた原告からの要請によるもので、藤堂と被告森本とが昭和六一年一月三〇日に初めて会談した際、藤堂は、被告森本から交付された本件実資力算定表等の資料を検討した後、日本国際輸送の株式を一株あたり金一二五〇円で買い取りたいと申し入れた。これに対し被告森本が、日本国際輸送の現状から見て一株あたり金一二五〇円では少々高すぎるのではないかとの見解を伝え、その結果原告が一株あたり金七五〇円で買い取ることで合意するに至ったものである。

2  日本国際輸送の資産状況等

日本国際輸送が昭和六一年七月に会社更生手続開始の申立てをするに至ったのは、原告が何ら正当な理由もなく本件売買契約等を破棄するという暴挙に出たため、急激に経営が悪化したからである。

また、日本国際輸送の企業価値については、その保有する一般港湾運送事業免許等の各種の免許及び長年の取引関係により築かれた優良顧客層の存在といった無形の資産を考慮すべきであり、原告は、これらの要素に着目して日本国際輸送の株式買収を企図したものである。

四  被告らの主張に対する認否

1項は否認する。

2項は、原告が本件売買契約を破棄する旨伝えたことは認め、その余は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二同2(本件売買契約)は、原告が、昭和六一年三月一一日、東和運輸倉庫株式会社から日本国際輸送の株式一七万株を代金一億二〇〇万円で譲渡を受け、右同日、右売買代金一億二〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

また、〈書証番号略〉、証人落石剛の証言及び被告石井本人尋問の結果によれば、原告が、右同日、被告森本外一三名から(被告森本を除く一三名については被告森本を代理人として)同株式合計八万五五〇〇株を代金合計七六九五万円で譲渡を受けたこと、原告が、右同日、被告トヨ産業から同株式八万九七〇〇株を代金八〇〇〇万円で譲渡を受けたことを認めることができ、(〈書証番号略〉の売買契約書によれば、右各売買契約の日付がそれぞれ同年三月一七日及び同年四月一〇日とされているが、証人落石剛の証言及び被告石井本人尋問の結果によれば、右各売買の合意及び各売買契約書の作成は同年三月一一日になされたものと認めることができる)、右各売買代金支払いにつき、原告が、被告森本に対し同年三月一七日に七六九五万円を、被告トヨ産業に対し同年四月一〇日に八〇〇〇万円をそれぞれ支払ったことは当事者間に争いがない。

三次に、請求原因3(不法行為)について判断する。

1  〈書証番号略〉、証人落石剛、同和田啓一の各証言、被告森本太郎、同石井正弘の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができ、〈書証番号略〉のうち右認定に反する部分はこれを措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠ない。

(一)  日本国際輸送は、横浜市に本店を置き、港湾運送業を主たる目的とする会社である。昭和六一年当時、京浜港において港湾運送業を営んでいた一四〇ないし一五〇社のうち、港湾運送事業法に基づく一般港湾運送事業免許(いわゆる無限定一種免許)を保有する会社は二十数社に過ぎず、新たに右免許を取得することは困難であるとされていたが、日本国際輸送は、右無限定一種免許を保有する会社の一つであった。

(二)  被告森本は、昭和四四年一二月から同社の代表取締役社長を務めてきたものであるが、石油危機以来の海運不況により同社の業績が低迷していたうえ、社内において適当な後継者を見出すこともできずにいたことから、昭和六〇年八月ころ、被告石井の助言もあって、同社の売却を考えるようになった。

被告石井は、同年九月ころ、富山港運株式会社の寺島専務に対し、被告森本の意向を伝え、日本国際輸送の売却について打診したが、間もなく右寺島から、かねてより関東進出に意欲を見せていた原告が日本国際輸送の保有する事業免許に着目して同社の買収に興味を示している旨の連絡を受けた。被告石井は、右寺島の要請により、昭和六〇年一〇月一〇日、右寺島及び当時原告の社長であった藤堂と会談し、藤堂自身から、日本国際輸送の経営権を譲り受けたいのでその旨被告森本に取り次いで欲しいとの要請を受けた。

被告森本は、被告石井を通じて原告の意向を伝え聞いた当初、横浜の同業者間で原告について芳しくない風評を耳にしていたこともあって、原告への売却にはあまり乗り気ではなかったが、昭和六〇年一二月になっても日本国際輸送の同年度の業績を回復しうる見通しが立たない状態であったことから、原告の申し出に応じて具体的な交渉に入ることとし、被告石井を通じて藤堂に対し、原告が日本国際輸送の発行済株式総数四〇万株のうち約八六パーセントを買い取った上で日本国際輸送の経営に責任を持つことを基本的な枠組みとするよう申し入れ、藤堂は、これに応じる旨返答した。

(三)  これを受けて被告森本と藤堂とは、昭和六一年一月三〇日、東京の帝国ホテルにおいて本件につき初めて会談し、被告石井もこれに同席した。

右会談において、被告森本は、本件実資力算定表等の資料を藤堂に交付し、これに基づいて日本国際輸送の経営状態について説明をした。本件実資力算定表は、被告森本の指示に基づき日本国際輸送の取締役古川博義が、昭和六〇年九月末時点での同社の中間決算の結果をもとに作成したものであり、昭和六〇年九月末時点における同社の純資産(含み資産及び不良資産をそれぞれ加減したもの)が金三億七五一〇万七〇〇〇円であり、同社の株式(発行済株式総数四〇万株)一株あたりの純資産は金937.76円である旨が記載されていた。

藤堂は、被告森本の右説明を聞いた後、被告森本に対し、日本国際輸送の株式全体を金五億円と見て、一株あたり金一二五〇円で買い取りたいと申し入れた。これに対し被告森本は、当時の日本国際輸送の実態からして金五億円という評価は高すぎると考え、藤堂に対し、本件実資力算定表に記載されている不良資産等について詳しく説明し、また、今期の決算においても相当の経常赤字が見込まれることも説明して、金五億円という評価では高すぎるとの考えを伝えた。その後、藤堂は日本国際輸送の株式全体を金三億円と見て一株あたり金七五〇円で買い取ることを提案し、被告森本もこれを了承したことから、被告森本と原告との間で、日本国際輸送の発行済株式総数の約八六パーセントにつき原告が一株あたり金七五〇円で買い取ることを骨子とする基本的な合意がなされた。

(四)  被告森本と藤堂は、同年二月一七日、大阪で二回目の会談をもち、同月二七日には、被告石井も同席のうえ東京で三回目の会談をもった。右三回目の会談において、被告森本は藤堂に対し、本件実資力算定表の作成後に判明した事実として、日本国際輸送の昭和六一年三月期決算では経常収支において金一億円余りの赤字が見込まれること、実資力算定表に記載された不良資産以外に江間忠木材株式会社に対する長期未収金約五〇〇〇万円が回収不能となる見込みであること及び日本国際輸送がその子会社であるマルチモーダルインクに対してなした約金一億円の資金援助につき回収不能になる可能性のあることを報告し、これに対して藤堂は、全て了承する旨を述べた。

その後、前判示のとおり、同年三月一一日、日本国際輸送の株式の各保有者と原告との間で本件売買契約が締結され、それぞれ右同日、同月一七日及び同年四月一〇日に各売買代金の支払いがなされた。

(五)  原告は、本件売買契約の締結後、日本国際輸送の財務内容を調査することとし、原告からの依頼を受けた公認会計士佐野泰正、同和田啓一らが、同年四月一日から同月三日まで、日本国際輸送の本社に赴き、同社の帳簿書類の閲覧等の調査を行った。右佐野は、右調査の結果を調査報告書(〈書証番号略〉)及びその添付資料(〈書証番号略〉)にまとめ、これを同月一五日原告に提出した。

原告は、昭和六一年四月一五日に開催された取締役会において、右佐野の報告をもとに、被告森本との間で本件売買契約と並行して協議されていた日本国際輸送の債務についての被告森本個人の保証を肩代わりする件について、これを否決するとともに、藤堂に対し、代表取締役からの退任を求めた。更に右取役会においては、本件売買契約を白紙に戻し、原告が取得した日本国際輸送の株式について被告森本ら各売主に対し買戻しを求めること、原告は日本国際輸送の経営に参加する考えのないこと等の決議がなされ、原告は被告森本に対し、同月二一日、右決議内容を伝えた。

(六)  日本国際輸送は、昭和六一年七月七日、横浜地方裁判所に対し会社更生手続開始の申立をなし(横浜地裁昭和六一年ミ第三号)、同年一二月三日、更生手続開始の決定がなされ、右更生手続において認可された更生計画案では同社の株式が一〇〇パーセント減資された(当事者間に争いがない)。

2  右認定経過に照らせば、本件売買契約の交渉過程においては本件実資力算定表(〈書証番号略〉)が重要な資料とされていたことが明らかであるところ、原告は、本件実資力算定表には虚偽の記載ないし不当な処理がなされており、昭和六一年二月末日時点における日本国際輸送の実態は金三億七八〇五万六〇〇〇円の債務超過であったとし、被告森本が本件実資力算定表をもとに日本国際輸送の資産状況について原告を欺罔した旨を主張するので、以下原告の右主張につき検討する。

(一)  まず、日本国際輸送の不良資産について検討するに、前記認定経過及び〈書証番号略〉によれば、被告森本は藤堂に対し、昭和六一年一月三〇日、本件実資力算定表添付の「不良資産内訳」に基づき、オーシャンエンタープライズ社に対する金二〇七八万円の営業未収金等合計金六億八三八五万円余りの不良資産があることを告知しており、かつ、本件実資力算定表の上でもこれを減算処理していることが認められるが、これに対し、〈書証番号略〉によれば、同年四月一日ないし同月三日の時点における佐野公認会計士らの判断では、本件実資力算定表に記載されていない不良資産として、協成ライン(金四二〇三万七〇〇〇円)、協成汽船(金三八〇万六〇〇〇円)、高千穂商工(金二二万三〇〇〇円)、三達海運(金三六二万五〇〇〇円)及びその他(金一三九万五〇〇〇円)の各営業未収金合計金五一〇八万六〇〇〇円があり、また、江間忠木材(金五五二九万七〇〇〇円)及び安進シッピング(金五一七八万七〇〇〇円)に対する各長期未収金については、それぞれ五〇パーセント及び二〇パーセントをその資産価値から控除すべきであるとし、更に、日本国際輸送の子会社マルチモーダルインクに対する貸付金等についても不良資産として金一億円を計上すべきであるとしている。

しかしながら、〈書証番号略〉及び証人和田啓一の証言によれば、右協成ライン、協成汽船及び三達海運は、いずれも昭和六一年三月中旬ころ会社更生手続開始の申立てをし、その結果右三社に対する営業未収金が不良資産であることが顕在化したものと認められるところ、被告森本において昭和六一年三月一一日の本件売買契約締結までに右三社に対する営業未収金が不良資産であると認識していたことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、被告森本が、右三社に対する営業未収金につきこれを不良資産として本件実資力算定表に記載せず、その旨の説明もしなかったことをもって、被告森本が日本国際輸送の資産状況につき原告を欺罔したということはできない。また、右江間忠木材及びマルチモーダルインクに対する未収金等については、本件実資力算定表添付の「不良資産内訳」にはこれらの記載がないものの、前記認定経過によれば、被告森本が藤堂に対し、昭和六一年二月二七日の会談において右未収金が回収不能となる可能性のあることを告知したことが認められる。

以上の事実によれば、被告森本は、日本国際輸送の不良資産のうち、少なくとも本件売買契約の成否ないし価格の決定に影響するような主要部分につき、これを本件実資力算定表に記載して説明し、またはその後に口頭で説明をしたというべきであり、〈書証番号略〉の記載内容につきそのとおり認定するとしても、被告森本が原告に告知しなかった不良資産の額はごく僅かであって、これをもって、被告森本が日本国際輸送の資産状況につき原告を欺罔したものと認めることはできない。

(二)  次に、本件実資力算定表につき、(1)賞与引当金及び退職給与引当金が計上されていなかったこと、(2)決算調整の名目で架空の売上金一億六〇〇二万六〇〇〇円が計上されていたこと、(3)法人税等の税金の支払いが仮払金として処理されていたことは当事者間に争いがなく、原告は、これら不当な処理をすることにより被告森本が日本国際輸送の負債隠しをした旨を主張するので検討するに、日本国際輸送が右(1)ないし(3)の会計処理をしていたのは、赤字決算を隠蔽して金融機関からの融資を確保するためであると推認することができ、そのような処理方法について企業会計上違法ないし不当なものであると非難することはできる。しかしながら、〈書証番号略〉によれば、本件実資力算定表添付の「不良資産内訳」には、営業未収金中に計上されている決算調整名目の金一億六〇〇二万六〇〇〇円が不良資産であること及び仮払金中の金二億二〇五九万四〇〇〇円が不良資産であり、これには昭和六〇年九月以前の法人税等が含まれていることがいずれも明記されており、かつ、本件実資力算定表の上でもこれらを減算処理していることが認められる。また、賞与引当金及び退職給与引当金が計上されていないことは、本件実資力算定表の記載上明らかなことである。

してみれば、被告森本は原告に対し、本件売買契約の交渉過程において、右(1)ないし(3)の処理がなされている事実をいずれも開示しているのであるから、本件実資力算定表において右(1)ないし(3)の処理がなされていたことをもって、被告森本が日本国際輸送の資産状況につき原告を欺罔したと認めることはできない。

3  また、原告は、本件売買契約が締結された当時、日本国際輸送は客観的に見て倒産することが明らかな会社であり、被告森本は右事実を秘して原告を欺罔した旨を主張するので、以下右主張につき検討する。

前記認定のとおり、日本国際輸送は、昭和六一年七月七日横浜地方裁判所に対し会社更生手続開始の申立をしている。また、〈書証番号略〉(更生会社管財人に対する大場公認会計士の調査報告書)及び〈書証番号略〉(更生会社管財人の調査報告書)によれば、日本国際輸送の資金繰状況は、昭和五六年四月から昭和六一年三月までの五営業年度において、その経常収支がいずれも赤字であり、当該赤字を金融機関からの借入による財務収支の黒字で補ってきたこと、その結果昭和六一年三月期では総資産に対する借入金総額の比率が73.3パーセントに達していたこと、営業成績については、右五営業年度において、事業収益が横這い状態であり、昭和六一年三月期には対前年度比で四億七三〇〇万円の落ち込みとなっていたこと、当期利益においても、昭和六〇年三月期までは若干利益を計上しているが、昭和六一年三月期には一億三四〇〇万円の赤字となっていたこと、昭和五八年三月期から昭和六〇年三月期までに合計一億六〇〇〇万円余りの架空売上げが計上されており、また不良債権が増加していることからすれば、右の三営業年度においても実質的には当期利益が赤字であったこと等の事情を認めることができ、これらの事実からすれば、日本国際輸送が会社更生手続開始の中立てをするに至った要因が、過去数年間にわたる営業成績と資金繰りの悪化にあったことは容易に推認でき、これらの事情は、昭和六一年三月一一日の本件売買契約締結時までに既に形成されていたことが明らかである。

しかしながら他方、〈書証番号略〉によれば、昭和六一年四月一五日に原告の取締役会において藤堂社長が事実上解任され、本件売買契約を白紙に戻す旨の決議がなされたことが、業界紙により直ちに報道され、このため、日本国際輸送の信用が著しく損なわれたこと、その結果、金融機関からの新規融資の停止及び約定返済の励行が厳しく要請されるようになり、また、顧客である荷主が他社に逃避するようになったこと、昭和六一年一月から同年七月までの日本国際輸送の事業収入につき対前年度で比較すれば、同年一月から同年四月までは概ね順調に推移していたが、原告による本件売買契約の白紙撤回が明らかになった同年五月以降は激減していることを認めることができ、これらの事実からすれば、原告が昭和六一年四月一五日の取締役会において本件売買契約を一方的に破棄したことが日本国際輸送をして会社更生手続開始の申立てをするに至らせた直接的な原因ということができる。これらの事情及びその他〈書証番号略〉に記載された事実を総合するならば、日本国際輸送が昭和六一年三月の本件売買契約締結時において既に倒産することが明らかな会社であったものと直ちに推認することはできず、むしろ、被告森本が藤堂に対し、昭和六一年二月二七日、日本国際輸送の同年三月期決算において一億円余りの経常赤字が見込まれる旨を告知したこと等の前記認定事実経過に照らせば、原告は、本件売買契約締結の時点において日本国際輸送の経営状態が相当に悪化していることを承知の上で独自の経営判断に基づき本件売買契約を締結したものというべきである。

したがって、被告森本が原告を欺罔して、倒産することの明らかな日本国際輸送の株式を譲渡した旨の原告の主張は、これを採用することができない。

4  更に、原告は、本件売買契約が締結された当時、日本国際輸送は倒産が明らかな会社であり、少なくとも一株あたり金七五〇円の価値を有しない会社であるにもかかわらず、被告森本は右事実を秘して原告を欺罔した旨を主張する。

しかしながら、前記認定事実によれば、本件売買契約は、原告が日本国際輸送の発行済株式総数の約八六パーセントを取得してその経営権を握ることを企図して行われたものであるところ、かかる企業買収に際し株式の取得価格を決定づける要素は種々多様であって、現に、藤堂は、昭和六一年一月三〇日の被告森本との交渉において、本件実資力算定表における一株あたりの純資産額が937.76円とされていたにもかかわらず、被告森本に対し一株あたり一二五〇円で買い取ることを提案しているのであり、右藤堂の言動及び前記認定経過を総合すれば、原告は、本件売買契約の締結にあたり、契約当時の日本国際輸送の資産状況を考慮した上で、日本国際輸送の保有する事業免許等にも着目し、独自の経営判断に基づき売買価格を決定して右契約を締結したものというべきである。

してみれば、本件売買契約が締結された当時、仮に日本国際輸送が一株あたり金七五〇円の資産を有していなかったとしても、そのこと自体により被告森本が不法行為責任を問われる理由はなく、原告の右主張は採用できない。

5 以上の認定事実及び判断からすれば、原告が被告森本のなした不法行為として主張するところは、いずれも理由がなく、また、原告が被告石井及び被告トヨ産業の責任原因として主張するところ(請求原因3(四)の事実)は、被告石井については被告森本の不法行為を幇助したことにより、被告トヨ産業については被告森本の行為自体を同法人の不法行為として、それぞれ被告森本との共同不法行為を主張するものであるから、前記認定経過に照らせば、請求原因3(四)の事実について判断するまでもなく、被告らが不法行為責任を負うものではないことが明らかである。

よって、請求原因3は理由がない。

四次に請求原因4について判断する。

請求原因4の主張は、その内容が甚だ曖昧ではあるが、要するに、被告森本が本件売買契約の売主であり、かつ、日本国際輸送の代表取締役として東和運輸倉庫株式会社を含む売主側を事実上代表してその渉にあたったことを理由に、被告森本につき、日本国際輸送の株式の価値(実質的には日本国際輸送の純資産価値の実態)を正確に開示説明する信義則上の義務があった旨を主張するものと解され、また、被告トヨ産業については、本件売買契約の売主で、かつ実質的には被告森本が支配する会社であったことを理由に、被告森本と同様の責任を負うべき旨を主張するものと解される。なお、被告石井については、本件売買契約につき形式的にも実質的にも売主である旨の主張はなく、被告石井につき売主としての信義則上の開示説明義務を負うとすることは主張自体失当というべきである。そこで、以下、被告森本及び被告トヨ産業について、原告の右主張の当否を検討する。

前記認定経過によれば、本件売買契約は、実質的には日本国際輸送に対する原告の資本参加を企図して行われたもので、当時それぞれ日本国際輸送と原告の代表者であった被告森本と藤堂との間でその交渉が行われたものであるが、右は対等な企業間における交渉であって、原告がかかる資本参加を行うか否かについては原告において完全に選択の自由を有していたものである。してみれば、被告森本において、日本国際輸送の資産状況につき殊更に虚偽の事実を告げてはならないという意味での消極的な義務を負うことは格別、原告の主張するような積極的な開示説明義務を負うものと認めることはできない。したがって、被告トヨ産業が本件売買契約当時被告森本の経営支配する会社であったか否かにつき判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

五以上の次第であるから、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官亀岡幹雄 裁判官小池喜彦 裁判官筒井健夫)

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